この記事はyahooブログからの移行を行いさらに編集した記事です。
記事を書くことになった経緯
学ぶはアルキルリチウムとアルキルハライドとの反応が生成してくる化合物から考えるとラジカル機構であるという文献を見かけました。
なんじゃそりゃ!?アルキルリチウムがβ脱離して生成した化合物に求核攻撃して得られるとかじゃないのかな??と考えたのですが、ここでまなぶに疑問が生じます。
それが以下のものです。
- β脱離関係なく本当にアルキルリチウムとアルキルハライドがラジカル反応でカップリングするのか。
- β脱離そのものがラジカル反応であったらカップリングをラジカル連鎖反応で進行させてしまうのではないか
1.は次の記事に回します。
2.を検証すべく文献を辿って調べてみることとしました。
その過程であった論争にちなんで今回のタイトルは
アルキルリチウムからのβ脱離はラジカル機構なのか論争
と致します。
研究背景
まず研究背景から。
アルカリ金属で処理したアルキルアルカリ金属化合物は1908年にSchoriginらが初めて報告し、その調製法はジエチル水銀と金属ナトリウムからでした。
1929年には調製したエチルナトリウムの熱分解反応が進行し、エチレンと水素化ナトリウムが生成することをCarothersとCoffmanが報告しました。
(J. Chem. Soc., 1929, 51, 588. DOI: 10.1021/ja01377a034)
(J. Chem. Soc., 1929, 51, 588. DOI: 10.1021/ja01377a034)
1938年にはMortonらがn-BuClとNaからn-BuNaを調製しトルエンと反応させることでBnNaを合成、連続的にn-BuClと反応させることでフェニルペンタンへと誘導しています。
(J. Am. Chem. Soc., 1938, 60, 1429. DOI: 10.1021/ja01273a046 & ibid., 63, 324. DOI: 10.1021/ja01847a002)
(J. Am. Chem. Soc., 1938, 60, 1429. DOI: 10.1021/ja01273a046 & ibid., 63, 324. DOI: 10.1021/ja01847a002)
さらにRobertsとCurtinはアルキルリチウムを用いた実験からメタル化が水素原子への求核攻撃で起こると提唱しました。(J. Chem. Soc., 1946, 68, 1658. DOI: 10.1021/ja01212a090)
D. Bryce-Smithらによるラジカル機構でないとの反論
これらの先行研究を元に1950年から1956年にかけてD. Bryce-Smithらはアルキルアルカリ金属の調製法とそれを用いたハロゲン化アルキルとの反応について研究してきました。
それらは6部に渡るシリーズとしてJ. Chem. Soc.誌に掲載されました。そのシリーズの研究過程において、最終的にアルキルリチウムのβ水素脱離の機構が述べられることとなったので以下にシリーズの詳細をお示しします。
まずシリーズ第1報目として1950年に
『403. Alkali organometal compounds. Part I. The reactionof benzylsodium with alkyl halides. 』(DOI: 10.1039/JR9500001975)
を報告しています。
この中ではアルカリ金属、特にベンジルナトリウムの調製法とそれを用いたハロゲン化アルキルとの反応が述べられています。
次にシリーズ第2報目を1953年に
『Organometallic compounds of the alkali Metals. Part II. The Metallation and Dimetallation of Benzene.』(DOI: 10.1039/JR9530000861)
を報告しました。
(この間、後に述べますが別の方がラジカル機構を提唱しております。)
(この間、後に述べますが別の方がラジカル機構を提唱しております。)
この中では
アルキルナトリウムからアルキルカリウムを調製しています。
また、アルキルカリウムを用いてジメタル化を行っています。
一方ここで奇妙な現象に筆者らは気がつきます。
sec-BuLiを用いてsecーBuKを調製しベンゼンに作用させた際に、わずかながらsec-BuPhが生成したのです。
これについてはそのうち調べたいなと言ってこの論文ではひたすらアルキルカリウムについて語りました。
しかし、仮説は立てています。以下のパターンです。
- 先に付加が進行し後にヒドリドが脱離するパターン
- 付加が進行してKHが抜けるパターン
- secーBuラジカルが生じていてベンゼンとカップリングするパターン
なかなか後で調べたいと書いてるわりに言いたい仮説は全部書いといてますね笑
続いて1954年に報告されたシリーズ第3報目です。
『Organometallic compounds of the alkali metals. Part III. Metallation of alkylbenzenes by alkylーsodium and ーpotassium compounds. The chalacter of aromatic metallation reactions.』(DOI: 10.1039/JR9540001079)
ここで初めて機構について言及しました。
“An electron-transfer mechanism, which would involve the formation of alkyl radicals and, in consequence, of benzyl-type radicals, is also clearly improbable.”
ん?
そう、筆者らはこの時点ではラジカルを経由して電子移動する機構がありそうにないと断言しているのです。
おかしいですね…。次の作品読み進めましょう。
同年に報告されたシリーズ第4報目。
『The hydrogem isotope effect in the metallation of benzen and toluene』(DOI: 10.1039/JR9540002743)
まず驚いたのはKIEが既に手法として浸透していることですね。どうやって重水素試薬取ってきてたの?とかいろいろ疑問に思いますが、またそのうち歴史を辿ります。
おそらく量子化学が発展したと言われる1930年代あたりからではないかと予想だけしておきます。
おそらく量子化学が発展したと言われる1930年代あたりからではないかと予想だけしておきます。
さて話を戻します。
筆者らは下のスキームに示すようなKIE実験を行いました。それぞれの値については割愛します。

筆者らがこれによって二次的KIEを測定し、脱プロトン化過程がプロトンへの攻撃により進行していくことを示しました。ゼロ点エネルギーやらトンネル効果やら述べていて、この中ではラジカル機構かどうかについては述べていませんでした。
ではでは1955年に報告されたシリーズ5報目に移ります。
『Organometallic compounds of the alkali Metals. Part V. The non-radical decomposition of n-butyl-lithium.』(DOI: 10.1039/JR9550001712)
んんんん????
はい、タイトルからさらに否定です。では内容を。
1952年にMoritonとCluffらによって報告されたnPenNaの熱分解反応ではラジカル機構によって分解すると提唱されました。この否定材料としてまず2つ
1952年にMoritonとCluffらによって報告されたnPenNaの熱分解反応ではラジカル機構によって分解すると提唱されました。この否定材料としてまず2つ
- nBuLiの熱分解反応からブテンとLiHのみしか生じない。
- Et4Pbなどのその他の種からラジカルを発生させようと試みたがそこからもBuラジカルの発生を確認できなかった。
またシリーズ第3報目のことも否定材料の例に挙げました
3.もしもラジカル機構で進行しているのであれば、イソプロピルベンゼンを作用させると
nPenNaから生じるラジカル種によるproton absorptionが起こり、
イソプロピルベンゼンの二量体が生成するはずだが得られなかった。
nPenNaから生じるラジカル種によるproton absorptionが起こり、
イソプロピルベンゼンの二量体が生成するはずだが得られなかった。
以上3つの理由から筆者らはラジカル機構を否定しました。
ちゃんちゃん解決。
ではないんです!
なんと、翌年にMoritonらがさらに反論する論文を報告したのです!
ではその内容を
ではその内容を
Morrisonによるラジカル機構であるとの反論
『Pyrolysis of amylsodium and the dissociation of organoalkali metal reagents to radicals』(J. Org. Chem., 1956, 21, 94.)(DOI: 10.1021/jo01107a019/)
では彼らの言い分を聞こうではありませんか。
番号は対応していきます。(1.→1.’)
- ’全てのペンチルラジカルがアルケンに変換される反応が進行するのであれば、ラジカル機構に矛盾しない
- ’イオン種が熱分解する際のイオン化エネルギーの比較からアルカリ金属の場合は一般にビラジカルで分解することがPaulingによって提唱されており、LiHがビラジカルから生成することはそれに従っている。
- ’イソプロピルベンゼンの二量体の生成よりもLiHとブテンの生成の方が優位であるため、そもそも生成しない。
さらにこう付け加えています。
アルキルアルカリ金属化合物の熱分解反応やエーテルの脱プロトン反応などのエネルギーを計算すると、アニオンでの計算よりもビラジカルでの計算の方がそぐう。
そしてMortonらはこの論文の結論をこのようにしております。
自分たちのビラジカル機構が正しいとは言えないが、ビラジカル機構が間違っている、アニオン機構が正しいとも言いきれない。
この反応(アルキルアルカリ金属の分解反応)は”reactive salt(活性な塩)”という表現を用いた方が好ましい。そうすることでラジカルとしてであってもアニオン種であっても両方の意味として捉えることができる。
ということでこの段階ではお預けとなったわけです。
その後、1965年にR. A. FenneganとH. W. Kuttaによる論文に、Bryce-SmithとMortonとのラジカル機構ーアニオン機構係争があったことの記載があります。(J. Org. Chem., 30, 4138.)(DOI: 10.1021/jo01023a038)
Kutta自身はBryce-Smithらの意見を支持しており、多くの化学者がこれまでそれを指示しているという状態でした。
そろそろタイトルに対しての結論を出します。
アルキルリチウムのβ水素脱離はラジカル機構かアニオン機構かは示されていないがアニオン機構が信じられている!
これも現状私が調査した内容ですので、これ以外の情報がありましたら教えて頂けますと幸いです。ではではまた次回。
カテゴリー:学ぶの学び
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